NPBでは公式戦で野手が登板することというのはめったにありません。
2000年の五十嵐章人選手、95年のオレステス・デストラーデまで遡ります。

yH5BAEAAAAALAAAAAABAAEAAAIBRAA7 - オレステス・デストラーデ投手登板に見る日米野球観の違い

一方でMLBでは昨年イチロー選手の登板が話題になったように毎年10回は野手が登板する場面があります。
リリーフ投手を使いたくないため、次へ気持ちを切り替えるため、というのが大きな理由です。
まあ、勝負がほぼ決まったところで手を抜くわけではありませんが、集中力はなくなってしまいますからね。
これはスポーツ経験者ならわかる感覚でしょう。

野手の登板は侮辱なのか?

デストラーデは自ら志願しての登板、五十嵐選手が投げたのは全ポジション制覇という記録を考えた仰木彬監督の狙いがあったそうです。
五十嵐選手のときはよく知りませんが、デストラーデ登板の際には賛同する声もあれば「真剣味に欠ける」「試合放棄」などと批判の声もあったようです。

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画像: The Trading Card Databaseより

真剣味に欠けるという批判は一理あって、確かに野手の登板はイベント、お遊び色が強くなってしまいます。
少なくとも見ている側はそう感じちゃいますからね。
記録目的の五十嵐選手登板もそうですし、デストラーデも当時引退を決意していたので、最後に公式戦のマウンドに立つという夢のために志願したそうです。
一方でMLBというのは登板した野手にとっても真剣勝負です。
とはいえ、もし勝っている側の球団が野手を登板させたらそれは侮辱の要素が入り問題になると思いますけどね。

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試合放棄に関する日米価値観の決定的な違い

試合放棄という批判も一理あると言えばあります。
まず大前提としてMLBというのは、負け試合は大人しく負けを認めるという文化があり、日本は最後まで諦めない、諦めてはいけないという文化です。
まあ、NPBにおいては必ずしもそうではないでしょうが、アマチュアではそう指導されるわけです。
ですから負けを認めるということに気持ち悪さを感じるファンもいるわけです。

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画像: theScore.comより

よくMLBのマナーである「大差で盗塁をしない」などに対して「最後まで勝負はわからないのになんで盗塁が駄目なんだ」と反対する人もいます。
これは、すでに負けを認めている相手をさらに痛めつけるのが紳士的ではないという意味です。
日本で言う武士道精神みたいなものですね。
だから最後まで諦めない日本の価値観で批評しても、そもそもの前提が違うので話がかみ合いません。

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画像: FOX Sportsより

話がそれましたが、野手の登板に関しても同じことです。
大差で負けているチームは負けを認めている状態なので、野手を登板させても試合放棄という意味合いよりも翌日を考えての采配という意味合いが強いわけです。

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